コッカプー(Tプードル×Eコッカー) 2010年9月27日生まれのアレク♂です。 よろしくね


by アレクの母

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ひるがの高原&高山へおでかけ

久しぶりにお出けです。毎年このシーズンになると行きたいなぁと言っていたひるがの高原のコキアパーク
真っ赤になった頃に行きたいけれど週末とお天気と色付き具合が合致しないと難しいのでここら辺りで行っとく?と金曜日の夜に決定。
日曜日の朝、5時に起きて6時頃に出発!
のはずだったけれど土曜日の夜遅く、気づいてしまった(^^;
日曜日の朝8時から墓地掃除の当番だった!

仕方なく出発は9時

一路コキアパークへ!
スキー場のオフシーズン利用の為、山の中腹まで歩いて行きます。
ほどほどに紅葉したコキアの前でカメラを構えていたらなんと家から500m位の家のトイプーのハイジちゃんfamilyに遭遇。
朝5時に起きて朝一でコキアパークに着いてドッグランなどで遊んでいたそうでランの横を歩く私たちを見つけて追いかけてくれました。
嬉しいサプライズでした。

コキアパークの後は高山の古い町並みを散策
着いた頃はめっちゃ人混みでびっくり(*_*)
色々食べ歩きをする予定だったけれど結局五平餅を食べただけ⤵⤵

義父ひとりでお留守番だけど快く送り出してくれたので早く帰らなきゃ!とだぁ~っと帰路へ
6時半帰宅の日帰り旅でした。

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ハイジちゃんに会ったよ
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サルビアもきれいに咲いてました
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人・人・人
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# by joli-alec | 2017-10-01 21:41 | お出かけ | Trackback | Comments(0)

忘れられない言葉

転院しようと思っていた病院の電話での対応があまりにも心無い印象で悲しくなった。

主治医の先生は「ゆっくり考えたらいいですよ」と言ってくださった。
そして先生がサインしないと転院もできないことも教えてくださった。

その言葉に甘えて、転院予定の病院での面談日を少し延期させていただくことにした。

そして担当のソーシャルワーカーからの電話が仕事中にもどんどんかかるようになった。
「夕方、病院へ行きますから!」と言っても早急に転院を促す話の電話が続いた。

とにかく早く決断をするようにあの手この手で徐々に言葉もきつくなってきたので
「義母の命を縮める決断を早くしなさいと言うことですか?」と聞くとはっきり
「ハイ」と答えた。
あの「ハイ」の一言はあまりにもきつい言葉だった。

4人部屋の時は廊下での立ち話だったけれど個室に移ってからは私が病室に着く前に病室に入って待っていた。
義妹にも説得を始めていた。

そんな日が続き、毎日義母の所に行きたいけれどソーシャルワーカーの顔を見たくない、気が滅入る日々だった。
初めに点滴を外せないので家には帰れないと言っていたのに「今のままの薬を続けたいのなら家に連れて帰ってください」とまで言われた。

いつまでも話を延ばして受け入れ先がなくなることも怖かった。

それで8月に入った頃、転院の話を進めることにした。
それで先生に、その気持ちを伝えようとしたら先生から
「この状態で転院させるのも僕も辛いので、最後までここにいる?

嬉しかった。涙があふれてきた。思いっきり頭を下げてお礼を言った。
やっと落ち着いて病室で母の手を繋いでいることができた。

それから10日ほどだったけれどその病院で看護師さん達の手厚い看護を最後まで受けることができた。

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# by joli-alec | 2017-09-23 21:46 | 生活 | Trackback | Comments(0)

医療ソーシャルワーカー

若い女性の医療ソーシャルワーカーが担当でした。
退院後の生活等についてお手伝いをしていただけると始めは言っていた。
あ~色々相談に乗ってくださる方なんだ!と家に帰ってから夫にこんな人が来てね、色々今後のことを考えてくれるみたい・・・と報告した。

退院後はどうしたいかと尋ねられた時に「できることなら家に連れて帰ってあげたい」と伝えた。
翌日ソーシャルワーカーがやってきたときには
「先生と相談したら点滴を外したら脱水状態になってしまうので退院は無理だそうです。ここは救急病院なので療養型の病室を持つ病院へ転院を考えてください」
と言われ地図を見せられた。

義父が毎日車を運転して病室で何時間か過ごしていることを考えると、義父が通える範囲であることが第一条件だと言うことで2か所を候補に挙げた。
その後も毎日、病室へやってくるんだけど徐々に話が変わってくる。
転院するにはA病院は点滴のままで受け入れ可能。第一希望のB病院は点滴はしない。胃ろうなどで流動食を入れることになる。

家族で検討し点滴をしてくれるA病院に決めた。

それを伝えるとA病院のソーシャルワーカーへ直接電話で連絡して面談の日を決め、家族で先方の病院へ行って見学し話を聞いて納得したら転院の手続きをします。と説明された。

翌朝電話をしたら、全く話は違い前もって見学したいならしてもいいけど、面談をした後によく考えてみますでは困る。その場で決断してもらわないと困る。こちらでは持病で長年続けていた投薬は一切中止しないといけないと伝えられた。

義母は今まで少しずつ少しずつ薬を増やして薬のおかげでなんとか生活できていたのに投薬をやめることは受け入れ難い条件だった。
それを聞いた後、家族は全員転院を躊躇し始めた。
積極的な延命治療はしないと決めたが今ある命を縮めるなんて思いもしないことだった。









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# by joli-alec | 2017-09-17 20:25 | 生活 | Trackback | Comments(2)

入院中

義母が救急搬送された日には色々検査をした結果「特に原因はつかめないのでこのままお帰りください。明日の朝、外来で受診してください。」と救急医に言われた。
高熱のため意識もはっきりしていない義母をこのまま連れて帰り翌日外来の待合室で長時間待たせるのなんて酷なことは私にはできないと思い、その気持ちを先生に訴えた。
次に先生が戻ってきたときは「ICUの個室が空いているので今日は入院してください。」と指示があった。
つまり病室の空きがなかったらしい。

原因がつかめないと言うので「CTを撮って結石はなかったんですか?」と尋ねたら普通に「ありますよ」と軽い返事だった。
その時、じゃあ尿管結石による腎盂腎炎で高熱が出てるんじゃないの?と思ったけれどさすがにプロの医師にそんな失礼なことを口には出さなかった。

翌日主治医から伝えられた病名は私の想像通りだった。
しかし肺血症を起こしているところまでは思いつきもしていなかった。
しっかりしてくださいね、救急のドクター!

2日目には一般病室が空き移された。
その日に看護師から転院について話があったらしく、夕方義母が「別の病院へ移されるらしいよ」と悲しそうに教えてくれた。
帰りにスタッフステーションへ寄って「申し訳ありませんが頑張って治して退院しようとしている義母に転院の話はやめてください」とお願いしてきた。

それから1週間もしないうちに医療ソーシャルワーカーから電話があり、その日から毎日私が義母の部屋へ着いた頃にそこへやってくるようになった。


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# by joli-alec | 2017-09-09 21:01 | 生活 | Trackback | Comments(0)

お別れ

8月13日義母が静かに息を引き取りました。
1か月半の入院で「痛い」「苦しい」と訴えていたのも最後の1週間ほどはそれを訴えることもできなかったけれど最期は穏やかな眠りで旅立ちました。
私は平日は毎日仕事帰りに、土日は夫と一緒に朝夕、病室へ行っていたけれど、夫は仕事の都合で平日は行けなかった。
一週間前の日曜日の夕方、病院を後にするときに夫は
「今度の土曜日まで頑張ってくれたら休みに入るから毎日来れるから頑張ってくれよ」
と耳元で声をかけて帰ってきた。
そして義母は本当に1週間待ってくれた。
お葬式もすべて休み中に済ませられるように気を使ってくれた。
本当に感謝です。


6月27日いつものようにデイサービスから帰宅した後、不調を訴えた義母の為にお粥を用意し食卓を囲もうとしたが全く手を動かそうとしない。
「気持ち悪い」というので居間のソファーに移し検温すると38度を超えていた。
しばらくすると体が大きく震えはじめたので夫が救急車を呼んだ。
救急隊が到着したときには体温は40.2度
反応が鈍くなっていた。

その日から入院生活が始まった。
尿管結石による腎盂腎炎で敗血症を起こしていた。
腎臓にある石を取り除く手術は体重30キロの義母にはさせたくないと言う義父の意見を尊重し点滴による治療を選択した。
それは徐々に体力を失い亡くなることも覚悟しないといけない選択だった。
延命治療はしなくて良いと義父は先生に伝えた。

点滴による治療でしばらくは絶食だけど食べられるものがあれば食べさせても良いと先生が言うので義母に伝えると家にあるミカンが食べたいと言った
家にあったネーブルの皮をむいて一口大にして容器に入れ義父に持って行ってもらい食べさせてもらった。
喜んで食べたと言うので翌日は桃を一口大にして持って行ってもらった。
その日の夕方、義母は「桃、美味しかったよ」と喜んでくれていた。
翌日はメロン。
しかしメロンを用意した頃には嚥下がひどくなりあまり食べられなくなっていた。
それなら桃をスムージーにして持って行きスプーンで口に運んだら食べてくれた。
その翌日はメロンのスムージー。
もうスムージーも飲見込めなくなってきた。

お茶も水もとろみをつけたものを少しずつ口に運ぶがしばらくすると痰が絡み苦しそうになり喉や鼻から管で吸引をしてもらう。
そんな繰り返しになってきた。

それでも義母に退院できるまで頑張ってもらおうと思っていた。
しかし、今の健康保険の制度か病院の方針なのかよく知らないが、それは叶わぬ望みらしい。
それから病院側の医療ソーシャルワーカーとの戦いが始まった。

この件に関してはまた少しずつ・・・・

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# by joli-alec | 2017-09-03 20:49 | 生活 | Trackback | Comments(0)